京極夏彦 コラム
妖怪は漫画です

『妖怪幻燈』(エムディエヌコーポレーション)
2004年4月より

『妖怪幻燈』(エムディエヌコーポレーション)

「妖怪って昔からいるんでしょう?」

 と――みなさんそう思っていらっしゃるでしょう。実は、それは間違いなのです。騙されているのです。僕たちは。

 少なくとも、江戸時代には「妖怪さん」なんて方々はいらっしゃらなかったのです。「えー、でも江戸時代にだって妖怪いたじゃん。絵とか残ってるでしょ」

 と、おっしゃる方もいるでしょう。残念でした。あれは「化け物」。そうでなかったら「鬼」か「神」、さもなければ単に怪しい現象の絵です。

「えー、だって田舎とかに古くから伝わってるらしいよ、なんか、そういう妖怪」

 と、おっしゃる方もいるでしょう。またまた残念でした。たしかに、全国各地にいろんな怪しいモノゴトは伝わっているでしょう。でも、それが「妖怪」と呼ばれ始めたのは最近のことなんです。もちろん、昔から「妖怪」という言葉自体はあるにはあったのですが、「妖怪さん」は、少なくともいませんでした。明治・大正・昭和と紆余曲折を経て、僕たちの知っている「妖怪」が誕生したのは、実に三~四十年ほど前のことだと思われます。

 もちろん、誕生した時から「妖怪」さんは「俺はずっと昔から日本に居るんだぜ」という顔をしていらっしゃいました。その顔で僕たちを騙して、騙し続けて今日に至っているのです。ずっと、騙されっぱなしなんです、僕たちは。

 誰が騙したか? それはつまり、誰が「妖怪」を創ったか、ということですね。答えは簡単です。「妖怪」を創った犯人は漫画家です。もちろん漫画家だけが創ったわけではなく、共犯者はたくさんいます。被害者である僕たちも長い目で見れば事後共犯です。でも最終的に手を下した実行犯は、漫画家です。

 妖怪は漫画家が創ったんです。

 考えてもみてください。『猫目小僧』にだって『どろろ』にだって『ドロロンえん魔くん』にだって妖怪はたくさん出て来ます。でも、古くから伝わる妖怪なんか一匹も出て来ません。みんな、作品の中で「昔からいたんだぜ」という顔をしているだけ。出て来るのは楳図かずおさんが、手塚治虫さんが、永井豪さんが創ったキャラばかりです。『妖怪〇〇』が売りだった好美のぼるさんの作品や、怪奇漫画で一世を風靡したひばり書房系の作品群にも妖怪はうじゃうじゃ出て来ますが、全部――創作です。

『え? じゃあそういうのはホントの妖怪じゃないの? ツクリ?』

 と、思われるでしょう。でも、そうじゃありません。そういうのこそがホントの「妖怪」なんです。『地獄くん』も『怪物くん』も『妖怪人間ベム』だって妖怪です(おっとあれは妖怪人間か)。

 みんな、大昔から伝わってるんだぜ、という「フリ」をしてるだけなんです。妖怪さんは。

 ただ、一番上手になりすましたのが『ゲゲゲの鬼太郎』の妖怪だったということは、どうやら間違いありません。水木しげるさんは、なんと本当に伝わっている奴らを「妖怪」として漫画の世界にひっぱり出しちゃったわけです(実に巧妙なトリック!)。民俗学者が蒐集した、民間伝承の中に住んでいた怪しい連中、そして江戸文化が生んだ「化け物」連中、それからオカルトちょっぴり。そいつらをブレンドしてシャッフルして水木流にミックスダウンしたのが、鬼太郎の妖怪たちです。こいつらには敵いません。何しろ創作なのにどこかしら本物なわけで。

 鬼太郎以降は、そのスタイルが定着します。というより、騙された側が騙されたまま作品を作り始めるケースなんかもあるわけです。『うしおととら』も『地獄先生ぬ~べ~』も『もっけ』も、意識的であれ無意識的であれ、登場する妖怪は「民俗学+江戸文化+オカルト少々」ブレンドの編成です。『犬夜叉』などはオールドスタイルを貫いたオリジナル妖怪で構築されていますが、デザインや振る舞いの基本なにより作品に通底する「妖怪」概念自体、先人の築いた「妖怪(漫画)文化」の強い影響下にあることは否定できません。というかオマージュでもあるのか。

 そう、漫画こそが妖怪のふるさとなのです。

 思い起こせば「妖怪」の直接的な先祖、というより「妖怪」の素となった「化け物」も、江戸期の漫画に相当する黄表紙や戯作、おもちゃやお芝居といった娯楽作品の中で出来上がったものだったわけですし、さらにさかのぼれば、絵巻などに描かれた「異形のモノ」たち(デフォルメされたキャラクター=漫画)が、「化け物」のイメージを形成する原動力となったことは間違いないのです(そういえば鳥獣戯画なんかは元祖漫画と呼ばれることもありますね)。

 漫画なんです。妖怪は。

 どうであれ、古くから伝わっていた「名前を持たない変なモノ」と「形を持たない怪しいコト」を融合させて「名前」と「形」を持ったモノ=キャラクターに仕立てたのは、やっぱり漫画家なのです。僕たちの持つ通俗的妖怪概念を決定的に方向づけたのも、定着させたのも、漫画です。世界に誇る「日本文化」としての「妖怪」概念は、つい最近、漫画家の手によって完成したものだった――というわけです。「妖怪漫画」は、だからこれからもずうっと描かれなければならいないのです。妖怪は本来漫画であり、漫画こそ妖怪そのものなのですから。

 責任とってください、漫画家の方々。