宮部 |
: |
実は対談させていただくのは初めてですよね。 |
北方 |
: |
え、うそ! |
宮部 |
: |
他の方との対談に私が乱入したことはありますけど(笑)。 |
北方 |
: |
二人で対談したことはなかったっけ。 |
宮部 |
: |
ええ。何人かで座談会ということはあっても、北方さんと二人でというのは初めてです。 |
北方 |
: |
しょっちゅう話してるから、初めて対談するという感じはしないよね。 |
宮部 |
: |
ここのところお目にかかっていなかったので、今日は楽しみにしていたんです。 |
北方 |
: |
本当、嬉しいな。 |
宮部 |
: |
今回の対談は歴史・時代小説ということで… |
北方 |
: |
そうそう、『孤宿の人』精読させていただきました。面白かったなぁ。よくできてました。 |
宮部 |
: |
わぁ、ありがとうございます! |
北方 |
: |
みゆきちゃんはいつごろから時代小説を書き始めたの。 |
宮部 |
: |
習作のころから両方とも書いていました。現代ものも、時代ものも並行していました。 |
北方 |
: |
随分長いこと書いているんだね。 |
宮部 |
: |
はい。ただ、例えば町娘が探偵役になるとか、その女の子がちょっと不思議なものが見えるとか、あとは岡っ引きが出てきて「親分、てぇへんだ」みたいな作品がほとんどです。 |
北方 |
: |
『孤宿の人』もその片鱗はあるよね。岡っ引きのかわりに引手(ひきて)というのが出てくるしさ。 |
宮部 |
: |
引手という名称は自分で考えたんですよ。結構気に入ってるんです。 |
北方 |
: |
え、そうなの。引手って言葉があるわけじゃないの? |
宮部 |
: |
ないです(笑)。ちなみに、藩医を指す匙(さじ)という名称も私がつくりました。 |
北方 |
: |
創作された丸海藩を舞台に物語を展開しているわけだから引手・匙でいいんだ。 |
宮部 |
: |
そうなんです。 |
北方 |
: |
物語の舞台を実在した丸亀藩に何故しなかったの。 |
宮部 |
: |
とてもとても、歯が立ちませんでした。私には歴史小説は書けないんだということがよくわかりました。何にでもチャレンジするのは良いことだけれど、どれほど前向きでも、届かないことにはやっぱり届かないです。北方さんは完全に歴史小説家としての顔をお持ちですよね。 |
北方 |
: |
僕が最初に書いた歴史小説は『武王の門』という作品なんだけど、その時はものすごく勉強しましたよ。こう見えても結構まじめなんです。 |
宮部 |
: |
よく存じ上げています(笑)。 |
北方 |
: |
一生懸命勉強したんだけど、舞台が南北朝だったからなかなかわからなくて、綱野善彦先生にいろいろ教えていただいたんです。 |
宮部 |
: |
いきなり難しいところに切り込まれましたね。 |
北方 |
: |
それまではハードボイルド小説を書いていたわけです。ハードボイルド小説となると、例えば大沢在昌だっていい作品を書いてますよね。そうすると、いつか押しのけられるんじゃないかとか、あいつだったら無情に押しのけそうだとか、そういうことを考えちゃうわけ(笑)。あと、やっぱり物語にダイナミズムが出てこない。僕の小説は謎をどうにかするというものではないから、謎解きのアイデアが浮かんだからといって書けるものではないんです。 |
宮部 |
: |
人間の心と行動を描かれますものね。 |
北方 |
: |
だからね、どんどん縮小再生産になりかねないという恐怖感があった。それで、もうちょっと物語という形でダイナミックに展開できる場所はないかということを考えたら、歴史を舞台にするか、SFに題材をとるかの二つしかなかった。でも俺にはSFの頭がないんだわ。 |
宮部 |
: |
そうなのかな(笑)。 |
北方 |
: |
SFはね、書いてあることは理解できるんだけど、何でこうなるのかという以前に、こうなったという結果に心が動かない。 |
宮部 |
: |
じゃ、SFものをお読みになっていても、あまりそのエモーションが… |
北方 |
: |
そう。だからSFはだめ。歴史小説は昔から読んでいたから体質にあっていると思った。 |
宮部 |
: |
どんな作家がお好きだったんですか。 |
北方 |
: |
古くは中里介山。 |
宮部 |
: |
『大菩薩峠』ですね。 |
北方 |
: |
あと白井喬二。これは『富士に立つ影』というのがあります。それから『丹下左膳』の林不忘。近くは吉川英治、柴田錬三郎、池波正太郎、山本周五郎なども読みました。 |
宮部 |
: |
王道だわ! |
北方 |
: |
それともう一つ傾倒して読んだのが司馬遼太郎。司馬さんの本はすごくおもしろくて勉強になるんだけど、小説としてはちょっと不満に思っていた。何故かというと、作品の中に突然司馬さんが出てきて… |
宮部 |
: |
いろいろ解説してくださいますよね。 |
北方 |
: |
そうなんだ。俺ね、知っていることを解説されたりすると、こういうのはいらないよ、と思ってしまう。 |
宮部 |
: |
私みたいに知らない人間にはそれが面白いんですよ。知識が入ってきて、さらに先の物語が楽しめるみたいな。 |
北方 |
: |
時代考証を作品の中に取り入れて、物語も一緒に進行させていくという方法については、司馬さんという大きな山があるわけです。だから、そういうつくりをするのではなく、歴史小説をそのまま読んでいって、読み終わったときに「ああ、こういう歴史だったのか」とわかるような書き方をしてみようと志を立てたわけです。 |
宮部 |
: |
すごいですね。 |
北方 |
: |
これは結構大変でした。柴田錬三郎さんは、芝公園の増上寺の大門前から深川まで駕籠に乗ったら、どういう景色が見えて駕籠賃はいくら、ということを全部知っていたそうなんです。知っているけれど一切書かなかった。そういう話を聞いて、知っていても書かないということもあり得るんだと学びました。普通は知らなくて書かないことの方が多いのにね。 |
宮部 |
: |
書く必要がないから書かない、だけど知っている。そうなると構えにゆとりができますよね。人間の心を追っていくことに余裕が出てくるから、生き生きとした小説が書けるようになるんでしょうね。 |
北方 |
: |
そうなんだと思う。それがかつて大衆小説がもっていた良さです。物語がどんどん、どんどん展開していく面白さです。もちろん、時代考証にも変なところはない。俺もたくさんの本を読んできて、そういうことは学んだと思う。 |
宮部 |
: |
実際に自分が小説を書き始める前に、いろいろな本を読んでおくことがいかに栄養になるかということですね。 |
北方 |
: |
そういうことです。 |
宮部 |
: |
北方さんは、いざ、歴史小説をお書きになろうとしたときに、時代考証の勉強を一から始められたわけですけど、ゼロから一までがたまっていないと一からはスタートできないと思うんです。たくさんの本を読んできたことでその部分がたまっていたんでしょうね。 |
北方 |
: |
そう思います。 |
宮部 |
: |
『武王の門』を書かれた八九年から今までの十六年間で歴史小説は何冊ぐらいになりました? |
北方 |
: |
いやぁ、数えたことないなぁ。 |
宮部 |
: |
大作が多いですものね。そうすると、歴史小説に傾けられてるエネルギーは大変なものではないかと… |
北方 |
: |
でも、ちゃんとハードボイルドも書いてますよ。 |
宮部 |
: |
はい、もちろん。 |
北方 |
: |
基本的に俺は書くことが好きなんだ。苦しいとか、枚数が多いとかいうのは、編集者をいじめるための口実だね(笑)。 |
宮部 |
: |
でも、物理的、時間的にきついということはありませんか? |
北方 |
: |
それできついと言っても、編集者に「それなら結構です」と言われたら、「いやいや、そんな」ということになるのでしょうけど(笑)。だから、小説を書いていく上において書くことが好きだというのは、重要な要素だと思います。 |
宮部 |
: |
おっしゃるとおりです。 |
北方 |
: |
俺はいまだに書きたいものがたくさんあって、全部書くとなると百何十歳かまで生きなきゃいけないんだ。 |
宮部 |
: |
うわぁ、うらやましい。 |
北方 |
: |
その中から少しずつ選び取って書いていかなきゃいけないわけなんだけど、書けば本になるんだから、こんなに幸せなことはないよね。 |